ショートストーリー №26 機械至上主義

 「コンピューターでやっているから、間違いない筈ですが。」とか、「機械で読み取っているから、そちらの書き間違いじゃあありませんか?」とか、回答される事がたまたま続いた。

 元はと言えば、人間が操作する事なのだから、確かに『機械は間違っていない』のかもしれない。そう、悪いのは人間なのだ。今の時代、機械に頼らずには生きて行きにくい世の中だから、機械嫌いの私でも、最低限は、それらを利用せざるを得ないと思って生きている。確かに便利ではある。それにしても・・・である。それだからこそ・・・である。
 機械を疑わずに、若い自分を疑わずに、年長者の、いかにも機械に弱そうな私の方を疑ってかかる。ミスはそちらのせいじゃあないかと、時には口に出してそう言われる事もある。正直、不愉快である。

 もちろん、私が完璧だなんて思ってもいない。年齢と共に、失敗も、思い違いも、確かに増えている。それにしても・・・である。それだからこそ・・・である。
 今回は、先方の入力ミスである事が判明した。だからと言って、謝罪する相手を責めようとは思わない。ミスは、自分も含め、誰にでもある事だから。私が不愉快に思ったのは、原因の究明を後回しにしていた事実なのだ。そして、まさに慇懃無礼というのか、言葉は丁寧でも「心」が感じられない謝罪の仕方なのだ。結局、ミスの因果関係はうやむやのままである。

 画像機械が原因のトラブルがある度に、ウイル・スミス主演の「AI」という近未来映画を思い出す。機械至上主義の人間が増え続けて、いつかコンピューターが進化し過ぎて、人工頭脳に人間が支配される時代がやって来るのかしら。「心」が感じられない人間よりも、「心」を持った機械の方が、親しめる時代になるのかもしれない。


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